晶の東京日記

本とかアートのこと。東京にいる間は東京を楽しみたい。

今年の「秋分の日」は、次へ行くための手放しの時

今日9月22日は秋分の日。

秋分春分冬至夏至はエネルギーの変化の時と言われていて、ここから次の節目(今日なら冬至)までにどう変化したいか意図することが大切らしい。いろいろと占いやスピリチュアルの人の発信を見ていると今回は「手放すこと」がポイントのよう。今年はコロナの影響もあって、様々なことが今まで通りでは立ち行かなくなり、新しい働き方や暮らし方をすることを多くの方々が余儀なくされている。そして今まで長年続いてきた「地の時代」という積み重ね、トップダウンの時代が終わって、「風の時代」というフラットな時代がやってくるとも言われている。今までと異なる時代がやってくるのはステイホームを通して納得できる気がするし、今はウイルスも落ち着いているけれど、また寒い時期になったらインフルエンザも併せて流行する可能性もあり、そうしたら再びステイホームもあり得るかもしれない。冬を待たず、この4連休でも多くの人が解放感を得て行楽を楽しんだように移動が進んでまた近々感染拡大する可能性もあるかもしれない。ここ数年をかけて、今までとは違う生活様式に変化していくことは疑いがないと思う。
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東京も感染者がなかなか減らないけれど、経済的事情もあり、withコロナで歩んでいく選択をして、感染防止対策をしながら徐々に日常生活を取り戻しつつある。私も8月から少しずつ展覧会へ行ったり、好きなお店に食事に行ったり、会いたい人に会ったり(でも怖いのもあって、お茶を含めて少人数でも2人であっても会食はしていない)を始めた。

この4連休もそのように過ごしていたけれど、今日、美術館を出た後で「こういうのはもういいや」とふと思った。見た展示は私の好きなジャンルで良いものがたくさんあったにも関わらず、もう違うなと思った。

うまく言えないけれど、最近何見ても、何を読んでも感動や新鮮さがなくて、ものによっては過去の記憶の焼き直しのように感じてしまう。それが好きだったから良いと思う、それを知っているから納得できる、良いと言われているから、注目されているから見ておく、みたいになっていたし、それは本もそうなんだけど新しいものより知っているものの深堀り(それも大事だし楽しくもある)や、人類の過去の共通認識的な知識を入れたりしてるような気がした。

私にとって新しく、新鮮なものに飢えている・・・みたいな。自分の枠を超えたり、発想を新しくすることをさぼっているというか、どうやって超えるか忘れてしまってるとも思った。そして、本当にやりたいことやらなきゃ(これも過去や他人にとらわれずに・・・)、時間がもうなくなっていくとも感じた。

そんなタイミングで前述の今年の秋分の話を思い出して、帰ってから断捨離に励んでいる。特に、本。買っただけでいつか読まなきゃなのにそのままな本、もう読み返さないのにとってある本、勉強しなきゃと買ってある本、私の本棚には本がたくさんあるけれど「~しなきゃ」な本がすごく多い。安くない本もあるし、探して買ったのもあるし、読まずに手放すのはもったいないし、名残惜しい。。。でも、好きな本や大切な本を何度も読み返す方がいいし、そもそもそんな「~しなきゃ」を握りしめて生きているのも時間がもったいない。そして、「いつか時間があったら」なんて、そんな時は来ない。その証拠はステイホーム中にも読まずにうだうだと過ごしていたのはこの自分。。。

地の時代が終わって風の時代が来るとすれば、頑張って苦労して詰め込んだ知識よりも、必要な時に必要な情報を仕入れるスキルや軽やかな感性の方が必要になるとも思う。情報も紙媒体で得るよりもweb上で得る時代になっているし、知ったり共有する方法も既に変わっている。そして、様々なものの変化のスピードは増していくので、なんでもかんでも時間をかけて身につけるという訳ではなくなると思う。

そんなで連休最終日の夜に本を全部出して仕分けしてるのはどうかと思いつつ、処分は次の週末になるので、数日かけて仕分けを行う予定。本を整理するのは、「どんな自分でありたいか」ということを問われる感じ。冬が来る前に自分の中身を整理して、今後に備えたいと思う。

今日は最後の夏の日という感じだった。次晴れる日はもう秋って感じだろうな。空も日差しはもう秋になっていました。
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東京国立近代美術館の常設展へ。本物を見られる豊かさを思う。

ピーター・ドイグ展を見た後で、近代美術館の常設展も見に行きました。美術館も開いてなかったり自分も行けなかったりで、半年ぶりくらいに作品を見る時間が持てて、自分で自分の感覚が喜んでいるように感じた。セザンヌもブラックも、他にもいろいろみんな懐かしく感じて嬉しくなった。新しく見た作家の作品にも好奇心と新鮮な感動をいただけた。美術鑑賞のみならず、生活や仕事の様々な面で自粛することや、緊張を感じることが増え、今までと違う生活習慣を身につけ、不安な時間も多かったり、なにかと心が休まらない毎日を送っていたことで、感性も縮こまっていたように感じた。本を読んだり、インターネットで情報をとったり見られるものはみていても、やっぱり本物の前に立ち、そのエネルギーを感じ、作家へ思いを馳せ、自分の感覚を感じることは、リアルなものからしか感じられないんだと思った。

今までは気軽にふらっと立ち寄り、見たいときに見たいものを見られる環境がとっても贅沢だったんだなと思う。回数は減っても、時間が制限されることがあっても、本物を感じる機会を失いたくないなと思った。芸術文化が人間に与えるものはお金や数字では置き換えられない。また違う豊かさがあり、生きるためのエネルギーになると思う。たぶんきっと社会が変化していくと思うけど、その豊かさが守られる社会であって欲しいと思う。自分はなにができるか?を考えなきゃなと思った。

 

セザンヌ


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ブラック

 

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リヒター


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古賀春江


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オキーフ


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桂ゆき


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植田正治


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ルソー


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大沢昌助


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ハンス・コパー


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ヘンリー・ムーア


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仲田定之助


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 常設展て素晴らしい!

東京国立近代美術館「ピーター・ドイク展」

久しぶりに絵を見に行きました。東京国立近代美術館の「ピーター・ドイク展」へ。事前予約制(当日は空きがあれば入場可能なようです)で、入口で検温と消毒、その他感染予防策が行われて、今までよりも緊張感を感じる館内でした。

パンフレットや駅などで見る絵を見て、気になるけれど、そうでもないかも?と思ったりと迷っていたけれど、しばらく展覧会へ行ってなかったこともあって、「大きい絵で、今まで見たことのない作家の作品を見てみたい」という気持ちになって行ってみました。


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最近は解説を読んでから見ても、私は全然頭に入らないしすぐ忘れちゃうことを自分で認識するようになったので、そこは頑張らないで、「ただそのものを見る」ようにしています。見てから気になることだけ、本で読んだり。

今回作品を見て、今、同時代を生きている空気をすごく感じました。そして、アーティストの感性は本当に先の方まで見えているみたいだなとも思った。
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個人的には最初の部屋の90年代に描かれた、ニセコのスキー場やモーグルをしてるスキーヤー、木々の合間から見えるル・コルビュジエの建築などの作品が印象的だった。色がすごく好きと思ったのもあるけれど、絵の中に懐かしさを見ているような安心感を感じるからかもしれない。雪の塊が落ちてきているように見えるゲレンデの風景やスキーで思い切り飛ぶ臨場感とか。

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その後、作風が変わっていく中で、すごく気になるけどよく分からないという感覚の絵が出てくるようになって、これは今はわかんないけどなんか好きという作品がいくつかあった。


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最後のポスターの絵は映画に興味がないのもあって、最初の絵より印象に残らなかった。でも、なんだかいい余韻がある展覧会だったし、今後のピーター・ドイクさんのご活躍を楽しみにしています。作家の今後も楽しみだけど、私が今後作家の作品を見て感じることが変化するかもしれないと思うことも楽しみ。

 

 

 

 

岩立フォークテキスタイルミュージアム「グジャラード州大地の手仕事」を見に行きました。

今日も先日訪問した展覧会のことですが、岩立フォークテキスタイルミュージアムへ行ってきました。「インド 砂漠の民と美 (前期)グジャラード州 大地の手仕事」前期の展示は見事な刺繍をたっぷりと施された儀礼服が多く展示されていました。

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こちらのミュージアムも事前予約制、時間は50分間、定員4名で時間ごとに入れ替えとなっていました。スリッパの貸し出しが中止されているため、自分でスリッパか靴下の用意が必要です。入口で手指の消毒をし、受付で入場料のお支払いと検温をします。私の訪問した時間帯は2人だけだったので、ほぼ貸し切り状態でゆっくり見られました。

展示はインド・グジャラード州カッチ地方のものが多く、当地は幼児婚の習慣があったため、子供サイズの婚礼服が大変見事でした。隙間がないくらいにびっしりと文様が刺繍され、ミラーが埋め込まれ、その色づかいやデザインがとても素晴らしかったです。どれもが一般家庭の女性が家族のために(自身のための衣服の場合も)、家事の合間にコツコツと手を動かして作られたとのこと。また、上級階級の方のものは職人によって作られたとのことで、それ以上に繊細で細かく上品な加工がされていました。

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婚礼服以外の衣服なども手間暇かかった素晴らしいものでした。幼い時から自分の手をつかい、コミュニティに伝わる伝統的な技法や文様を受け継いで、自分や家族のために惜しみなく時間を注いで大切につくるという価値観が本当に素敵だなと思って、私もここに女性で生まれて子供のころからずっと刺繍をする人生を送ってみたかったなあ・・・と思ったり。

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ミュージアムで研究者の上羽陽子さんによる「インド染色の現場 作り手たちに学ぶ」というグジャラード州でのフィールドワークをまとめた本を購入し、帰ってから読みました。上羽さんの生き生きと現地で刺繍などの技術を習得していく様子や、楽しみと苦労も伴いながら地域の方々や養女となったご家庭や親戚とのお付き合い、研究の様子など、現地に飛び込み、体当たりで体験されていく姿がドキュメンタリーを読んでいるようで魅了され、面白かったです。グジャラード州で大震災があってからは現地の様子も変わってしまった部分があることも書かれており、手仕事を守っていくことは予測不能なことも含め、いろいろな面で大変なことと思いました。

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新しい時代には新しい技術や感性でのものづくりが行われ、共感も多数あることとは思いますが、この美しさの原点のような素晴らしい手仕事が残り続けてくれることを願いつつ、コレクターや研究者の方々の努力あってこそこうして拝見できることに感謝しました。

 

前期の展示は11/7(土)まで。後期はインドの更紗のようです。

 

久しぶりに日本民藝館へ

先日、日本民藝館へ展示を見に行きました。


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 コロナの自粛期間にあまり外出をしなかったので、展覧会も約半年ぶり。民藝館は事前予約制となっていて、建物の入り口横の小窓から氏名を伝えて入館料を支払って館内へ。今まではスリッパへ履き替えていましたが、受付で靴カバーを受け取り自分の靴に被せて入館するように変わっていました。


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特別展示は「洋風画と泥絵」。柳宗悦が工芸的絵画と呼び民画に位置付けた江戸時代後期の絵が展示されていました。写生とは違うと解説にありましたが、確かに西洋絵画の歴史上に出てくるような作品とは異なる画風の珍しいものばかりで、改めて柳の広い視野に驚きました。

 

併せて1階では「棟方志功 師との交感」というタイトルで柳を師と仰いだ棟方の作品や残した書簡などから両者の交流を辿る展示でした。棟方志功の展覧会は機会があって何度も拝見していますが、その際、柳に当てた手紙も度々展示されて一緒に見ていたので、師として慕っていたことは知っているつもりでしたが、展示を見てより深いつながりを感じました。棟方は柳にいつもアドバイスを求め、やり直しも厭わずに作品作りに没頭していたとのこと。柳に言われることを素直に実行することで、より高みに到達するということを、お互いに知っていたんだなと思ったし、それを一緒に目指していたと感じました。これは、民藝の心というか、繰り返し作ることで自分の力を超えたものが出来上がる境地というものに似ているなと感じました。自力では到達できない自分を表現するというか。。。柳を他力としたら解釈が変わってしまうけど、自分の頭で頭で考える限界を超えたものを作り出すということで似ていると感じました。また、柳が病床にある時に、柳の心偈を板画で表現して送っていたり、柳の七回忌に柳の再生を願うように捧げられた「再誕の柵」を見ると、師としてだけでなく、人間としての柳への愛情を感じて感慨深くなってしまいました。

柳が表装をしている作品もありました。

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特集「棟方志功柳宗悦」2018年のものですが、今回の展示がより心に響いた内容でした。
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この他、民藝館でよく見る河井寛次郎浜田庄司の作品や日本や李朝の焼き物などを久しぶりに拝見し、ものの健やかさ、美しさを感じて、やっぱり本物を見られるっていいなと思いました。駒場のこの建物の雰囲気と、展示物と、ここでしか体験できない貴重な時間がまた得られたことが有難くなりました。

美術館や博物館はコロナで大変な中、労力や経費も掛かっている上に入場者も制限されて運営も大変かと思いますが、続けてくださることに感謝です。もっと行きたい気持ちはあるけれど、自分自身もとにかくなんでも行かねばと歯止めが利かなくなってきているのを感じていたので、本当に見たいものを選んで、計画的に訪問したいと思います。

 

駒場東大前まで来たので、前から気になっていた民藝館から近くの日本近代文学館のカフェへ休憩に伺いました。店内は大きな書棚がありとても雰囲気が良いのですが席が埋まっていてテラス席へ。コロナのこともあるし、こちらで良かったなと思えるような開放的な良い席でした。外食もあまりしてなかったので、オシャレなスイーツもすごく久しぶり。


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やっぱり外に出られるっていいなー。嬉しかったです。

自分の感覚で生きる時代

「コロナのおかげで・・・」を考えたとき、時間に余裕ができて自分のことを顧みたり、いやなことや不安や心配の反動で自分の本音や望みに気づいたりしながら、「自分が大切にしたいもの」がうっすらと見えてきた気がする。

そして、ウィズコロナの新しい生活様式が始まって、人それぞれの捉え方があることを改めて感じる。旅行や会食だって気にしない人もいれば、電車に乗るのに恐怖を感じる人もいるし、テレワークが快適な人もいれば、やっぱりオフィスに出社する方がいいという人もいる。その他、日常のあれこれについても人によって考え方に差異がある。

この、なにであれば安心という絶対的なものがない中では、個人が自分の判断で自分が納得できる選択をし続けるしかない。そして、他人の選択が自分と違っても、それはそれで受け入れていくしかない。今はコロナに感染しないために多くの人がそうしているけれど、本当はいつでもそうあっていいんだと思う。自分で最善を選んで、自分の責任でそれをやっていく。人に決めてもらわないし、自分も人も責めない。コロナのおかげでそういう自己の確立のようなものを学んでいる部分もあるのかなと思う。

これからはますます「自分がどうしたいのか?」人や社会ではなくて、自分に聞けて、自分で感じられて、素直にそれを行動にできる人が生きやすくなっていくと思う。人に説明できる理由とか根拠がなくても、自分がいいと感じることが理由となっているような。そして他人もみんな同じくそうなんだから、あなたはそうなんですねというくらいで、合う人や合う部分でのお付き合いでいいというふうになっていくのではないかと思う。

だから「今は自分が今、どう感じているかな?」といつも気にしていたいと思う。これからは既存の価値観では判断できないことも増えるかもしれないし、誰かが正しい道を示してくれてみんなでついていくこともないと思うし、人々の選択が多様化して、それが許容され、当たり前となっていく気がする。自分の感覚に気づけてて、自分を信じられることが、一番安心な生き方なんだろうなと思う。

ちなみに私は、東京に住んで電車で通勤し、テレワークもしていない日常を当然のように受け入れているけど、外食や人と食事をすることはまだまだ抵抗があるのでほとんどしてない。人と一緒に働くことや毎日移動することが好きだと改めて思った半面で、会食は苦手だったのですごく気が楽でもある。全く同じように考えている人はいないと思うし、人それぞれ、それでいいしそれがいいと思う。

今は世の中が大きく変わっていく予感を感じつつ、自分の感覚を信じる練習をしている感じがしている。他人や今までの常識、過去にできるだけとらわれないで、今感じることで、今を楽しむことを積み重ねたい。

 


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好きな花。

【8月19日獅子座新月】これからやりたいこと

今日8月19日は獅子座新月

占星術では「自分の目指す理想を明確にする」のに適した日のようです。

私もコロナの自粛期間でいろいろと考え方に変化があって、しばらくなんにもやる気になれませんでしたが、この頃ようやくこれからやりたいこと、知りたいことが明確になってきました。

 

1.身体を整える。

コロナウィルスの感染拡大の影響で、心身の健康が一番大事だと強く思った。薬に頼ったりしたくないので、食事や行動、自然療法などで整える方法を身につける。若い時みたいにバックカントリースノーボードまではできなくても、自然の中で過ごしたり遊べる体力を取り戻して、また遊びに行きたい。

 

2.地球環境に配慮する。

未知のウィルスの発生、異常気象などは生態系のバランスが崩れていることも原因だと思い知る2020年となったのもきっかけの一つとなったので、サスティナブルな生活様式に移行していく。エシカルSDGsなど、身近なことから始められる情報も増えているので、取り入れていきたい。

 

3.消費の見直し。自分のお金をつかいたいところにつかう。

安い大量生産品を間に合わせで買ったり、ストレス発散の買いものではなくて、共感できる良いサービス、良い商品に積極的にお金をつかう。顔の見える購入先から買う、近所の個人商店で買う、古本や古着、リサイクル品で買う、そして、好きなお店やビジネスへの応援でクラウドファンディングや災害などの支援、フェアトレードの商品などにもつかっていきたい。

 

正直、コロナ前まではもっと別のことを考えていたけれど、現時点では上記の方が私にとって重要度が高いし、楽しみな要素が大きい。私の誕生日が4月22日=アースデーということもあって、環境についてはもっと考えなくてはと頭の片隅にいつもあったと思う。

 

このブログでも見た展覧会の記録を中心に綴ってきたけれど、これからはそれ以外も書いていきたいと思う。今日は新月だったので、自分の今の思いを書いてみました。


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なかなか外出しなくなり人とも会わなくなると、道路の端に生えている雑草や空の雲など、身近なものの移ろいに美しさを感じるようになるみたい。キラキラしていてきれいだった。