晶の東京日記

本とかアートのこと。東京にいる間は東京を楽しみたい。

自粛期間に考えたこと

もうすぐ緊急事態宣言が解除されそうな雰囲気の東京。約2ヶ月程の自粛生活となり、家で過ごす時間が多かった。時間があるならあれもこれもと考えて、掃除や整理整頓、衣替え、読書、ワンピース縫ったり刺繍したりと最初ははりきっていたけれど、徐々にやる気が出なくなり、今は正直疲れを感じている。幸いにして、現時点ではコロナウィルスに感染してないようなので、安心ではあるけれど…。

 

外に出たら人やものとの接触や距離感などに気を遣い、帰ってきたら手洗いうがい消毒シャワーと時間も手間もかかってくつろげるまでに時間がかかる。買い物も事前に考えて効率よく速やかに行わなければだし、通販は必要性と受け取りについて考えるので、なかなか頭も使ってる。外食も気軽にはできないし、テイクアウトも帰宅後の一連の片付けなどが終わってからだと既に出来立てではない。ウーバーイーツをお願いするほど外食したい訳ではない。さらに家にいてダラダラゴロゴロしてたら楽かというと、今度は体が痛くなったり…。新しい暮らし方を持続するのは大変だなと感じてる。

 

という訳で、自粛期間に「こんなに凝ったお料理が!」「お部屋を素敵に模様替え!」「こんなスキルが身についた!」「筋トレで痩せた!」などという成果には程遠かった。そんなに頑張れる人たちのエネルギーに感心してしまうし、きっと普段から意識が明確で切り替えが速いのだろうと、羨ましく感じる。そんな私でも、ウィルス発生時の恐怖や不安が減っていきウィルスの存在を受け入れられるようになり、夜も眠れるようになり、ゆっくり体も休まって、イライラすることもなく、物も考えて買うようになり、季節や1日の移ろいを肌で感じられるようになり…既に手にしているものの有り難さに感謝できたので、それだけで既に良かったなと思う。幸せのハードルを上げないでいいし、人と比べる必要もないということを改めて感じた。

 

これからはますます幸せの形が人それぞれとなり、同じ形を目指さなくなっていくんだなと思う。暮らす場所も、働き方も家族のあり方や楽しみ方も多様化していく流れなので、これからは自分の気持ちに正直に動ける人が生きやすくなると思う。それは言うほど簡単ではなくて、他人が作った価値観や評価軸に知らずのうちに合わせて生きていた自分に気づいたり、自分の軸は何か?ということに向かい合うことで痛みもあると思う(当然、抵抗なく生きられる人もいるはず)。嫌だったとしても、他人に合わせている方が楽ではあるので。でもそれを乗り越えられれば、自由度も満足感も増すことと思う。人にも寛大になると思う。その意味では楽しい時代になるかもしれないし、楽しいと感じるか違う風に捉えるかさえも、個々の意識次第という時代かもしれない。SNSを見ていても、楽しみを見つけ前向きな人もいれば、他者を支援する人、淡々と日常を送る人、そして状況を負と捉え悲観的な人や、宗教かかったスピリチュアリスト、陰謀論を疑う人など、本当に人それぞれ見えているものが違っている。見ていることが現実化するならば、現実も異なる世界に生きることになり、それがまた意識の多様化にもなるんだなと思う。

 

そんな中、私は数日に一度日経新聞を読むことが楽しみになっている。この状況で業績を上げている企業、新たな取り組みをしている人たち、新しい生活様式に対応する商品やサービスなど、どんどん新しいことが生まれている。コロナで今までの暮らしの全てを諦めなければいけない悲壮感を私は勝手に感じていたけれど、変化は明るさも希望も持っている。もちろん現実には痛みや悲しみ、危機なども伴う可能性もあるけれど、それを超えたいい世界が来ることを願っています。

 

 

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