晶の東京日記

本とかアートのこと。東京にいる間は東京を楽しみたい。

廃棄される新品の洋服に思うこと。

ガイアの夜明けで、廃棄される新品の洋服を買い取って、安い金額で売るビジネスが紹介されていた。その会社はメーカーや生産工場でキャンセルや納期遅れなどで店頭に出せず、ブランドイメージを守るために廃棄を余儀なくされる服がもったいないからと言っていたけど、海外からも在庫商品を輸入したり、工場の在庫生地を安く買って閑散期に服を作って日本で売るということもしてるらしく、もやっとした。捨てられる服がもったいないのに、また新しく作るのか!?と。さらに、工場で作るにあたり、デザインやパターンなどはどう準備してるのか気になった。まさか、工場にある他社メーカーの使い回しとかしてないよね…?とか。閑散期に工場を空けないというのはいい試みだとは思うので、いろいろ難しいかもしれないけれど。バングラデシュのゴミの山に洋服がたくさん捨てられていて、悲しいを通り越して、ヤバイと思った。作りすぎなのに、たくさん所有してるのに、欲しい服や着る服がないって悩みを聞くのはどういうことか?重ねてヤバさを感じてしまう。。。企業や業界で改善することもあるとは思うけど、消費者の意識変革も急がなくてはと思った。切実に。

安い服が人気なのはなんでだろう?たくさん買える満足感が洋服を買う満足感なのかな。欲しい服や必要な服が安く買えれば有難いなと思う。或いは、洋服にそんなにお金をかけられない時もあると思う。でも、「安いから欲しい」とかはまた違う気がする。それは服だけじゃないけれど。

趣味として、旅行やショッピング、食べ歩きなどを挙げる人も多く、可処分所得が年々減少している近年の状況でその趣味を楽しもうとすると、機会を絞るか単価を下げることとたり、アウトレットでの買い物や安い服をいろいろと買うことも趣味の一部になっていると思われる。また、シーン別に着る服を分けている人も多くいると思うし、仕事用、部屋着、外出用…などたくさんの種類を揃えるにはやはりお金もかかる。仕事用のスーツやオフィスカジュアルなど、必要に迫られて買うものにはあまりお金をかけなくないから安く買いたいというのも理解できる。ミナの展覧会で見た映像で働く人がミナの服を着て自分らしいライフスタイルを送っていたけど、実際の職場でなんの制限もなく好きな服を着られる環境はそんなに多くはないと思う。それが理想的だとは思うけど。

その他、流行っているから、みんな着てるから、モテたいとか、こんな自分に見られたい的な気持ちで買う服もあると思うと、服は何枚あっても足りない気がしてしまう。

家にいても、仕事中でも、人と会ったりするときも基本同じファッションで、時々よそゆきを着る、それも全部、流行に振り回されず、自分がいいと思って選んだものを着る。というのが憧れであり、そして一番無駄もないし、もしかしたら経済的なのかもしれない。

そんなファッションをするには、自分の意志あるライフスタイルや消費方法を確立する必要が第一にあるけれど、社会や経済の在り方も変わってくれないと、それはなかなか現実的ではないかなと思う。

 

在庫を買い叩いて安く売り、安く買ってあまり着ない服をたくさん持つというスタイルに疑問を持つ人が多いと言うことは、今は個人も業界も社会の在り方も変わり時だからかなと思います。服だけではなく、消費全般に。

 

そういう私はたいてい古着(今は綺麗なものもいろいろ売っているし、新作しか売ってない店頭で好みのものを見つけるのは難しい)、時々新品、仕事は制服。ほぼ好きなものしか着てないので、何年も着るし、流行りのものは着てません。。。それがいいか悪いかは個人の価値観だけど、私は満足。でも、その裏側に作った人が悲しくなったり、虚しい廃棄物があるという現実には痛みを感じます。